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2006-06-09

■ある人から来た仕事のメールの最後の一行にあった「外は雨が降っていますね」、その一文を読んで、M嬢はその人を「変な人だ」と言った。「そんな時間に雨が降っていることなんか、私にわかるわけない」と。でも彼は同意を求めたんじゃない。朝の四時、やっと仕事を終えて、初めて顔を上げて外を見た。雨に気づく。そこには「やっと仕事が終わった」という疲労感、充実感、解放感があって、それでついつい雨について書いてしまった。そういうことだった。

■そっくりな話がガルシア=マルケスという作家の『百年の孤独』という小説にある。
 アウレリャーノは、ある友人と仕事でずっと電報をやりとりしていた。内容はいつも用件だけの無味乾燥としたものだった。じつは彼らは幼馴染で、若いころは夢や悩みをともに語り合った仲だった。いつこうなってしまったんだろう。友人はこの田舎町を捨てて出て行ってしまった。突然アウレリャーノは、電報を打つ。「今、ここでは雨が降っています。アウレリャーノ」
 すこしして返信が来る。「何を馬鹿なことを言っているんだ。そこで雨が降っていることなんかおれにはわからないし、関係もない。用件のない電報など打つな」それは激怒した内容だった。
 二人だけの思い出だと信じていたことは、じつは自分ひとりだけの思い出に過ぎなかった。

■児童文学に、素敵な切手のストックブックを宝にしている小学生の話がある。 彼は友達にせがまれても、そのストックブックをちらりとしか見せない。みんなに自慢して見せるのではなく、自分だけの大切なものとして、だれにも見せず、いつもそのアルバムを胸に抱えていた。 あるとき、雪合戦をしていて、彼の投げた雪つぶてが、たまたま道を通りがかった老人の目に当たってしまう。老人の片目は失明する。少年は、おじいさんのところに行き、何よりも大切なその切手のアルバムをおじいさんに差し出す……

■自分ひとりだけの大切なものによって孤独なのに、それが人と結ばれる可能性を持っている、それだけが贈り物になる。自分だけの大切なものは独占のためじゃなく、贈与のための何かだった。人は自分の孤独の深さで他者と出会うしかない。


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