2009-06-28
落下の快楽と、沈潜の快楽と、どちらの誘惑が深いだろうかと、夏が近づくと思う。
6月の最後の数日になって、ただぼくは、無条件すぎる7月への落下を拒むために、ただそれだけのために、「沈潜の快楽」を選ぼうとしていた。でも落下も沈潜もそこにないことを知っていた。
ぼくの快楽がぼくの手のうちにないように、彼女の快楽もぼくの手のうちにない。ぼくはどこからも去ってしまう。どこからも去ってしまうときのぼくの後姿だけが、きっと彼女を抱きながら見えてしまう。
光がすべての闇を消してしまうだろう。どんなに磨いても白くならない陶器の6月を、7月の光が一瞬にして白くしてしまう。7月から戻るのは、5年以上前に5年以上勤めていた職場で、さっそくぼくの歓迎会開催の通知がきた。
もしも6月に愛がゆるされるなら、その愛を7月に失ってもいい。ただそれだけの取引なら、ぼくにもゆるされるだろうか。そんなささやかな約束が、6月の、最後の、ゆいいつの、苦しみによる、不眠と沈潜の快楽だったと告げながら、だれも恋人ではなかった7月、光に満ちた7月を迎えるしかない。
さらば6月。恋人とともにあったたったひとりきりの、数日だけの、6月。
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