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2008-02-18
危篤だという知らせは、お仕事中にきました。急いで家に帰ると、いつもの場所にトフィーがいました。咳が止まり、目を閉じて寝そべっているトフィーは、相変わらず光に透けるきれいな毛をしていて、ほっこりとあたたかく、しあわせな夢を見ながら寝ているように見えました。

彼女が実家にいる間、彼はけっしてつらい姿、痛々しい姿を見せなかった、と、愛犬の死がしずかに語られてゆく。たぶん彼は、彼女が実家(彼)から去ってしまうことによって落胆し、病いを思い出してしまうのだ。いや、どちらの読みも、彼の愛を語るだけだった。彼の自分への愛を語りながら、自分の彼への愛を語るだけだった。そしてこの愛犬の死を語る語り口のしずかさ、ひとつの悲しみを乗りこえた後にやってくる静謐さにうたれる。その静けさは、もうなくなってしまった悲しみを告げているのではなく、感情を逃れた悲しみが、悲しみさえ超えてしまった悲しみとなり、まるで一個のモノとなって彼女のなかに場所を得、そこに安置されたということを意味した。

愛犬の死に、無償の愛が姿を現す。それは無垢なる彼らの愛が反射されているのではなく、私のなかにあるものを彼らが反射していた。まるでそういったものが私の中に無限にあることを知っているかのように、彼は、その死のあとも、それだけを私から無限に要求し続けるのだ。

ブログ「南無の日記」には、2005年の記事になるが、つづけて二匹の愛犬を失ってゆく記事がある。

最後の6日間「南無の日記」
玄之介の後を追った熊吉「南無の日記」

そしてこの愛犬の死の体験は、それからの記事に、したがってそれからの人生に、色濃い影を投げかけている。

事務所から帰宅するときも思わず後部座席を振り返ってしまう。いつもそこに玄之介が居たからである。
家を出てから7年もお世話になったアパートが名残惜しいような気もするが、こうやって人生の一部の風景が動いていくのだろうと思う。当時犬二匹を連れ、家を出たときの夜は忘れることが出来ない。行く当てもなく彷徨っていたが犬共は夜の散歩とばかり嬉しがっているように見え時々振り返り自分の顔を見上げていた。

ひとはときに、人為では届かないもの、「運命」といったものでしか届けない身近すぎる死との出会いをしいられる。言い方を変えれば、「運命」とは、彼の死を受け入れ、彼の死とともに生きるために、どうしても必要な<盲目>のようなものだった。それはまた、避けることのできない自分の死を引き受ける、ひとつの引き受け方でもあった。

本当は誰にも見えない死を見ることができるのは、それを自分の内面として引き受け、他者の死の瞬間を通り過ぎた者たちの表現の中に置かれたときだった。そしてそれはたいてい死を語っているのではなく、死以前を語っている。生前の愛犬の姿を思い出す思い出し方、その思い出をどのように抱え、護っているのか、どの拍子にそれが蘇ってしまうのか、それらの描写がもっとも正確な死を語りつくしている。

悲しみは記憶ではない。それはこころに安置された今も生きている何かであり、刻み込まれた襞であり、それとともに生きることしかできないものだった。悲しみこそが、死という境界線を越境した愛するものたちの真の姿だった。そしてそれが、喪ったものの生前の姿の記憶を呼び出すことを可能にした。たぶん悲しみとは、思い出によって自らを癒したい<表現>のことなのだ。思い出したものが悲しみを連れてくるのではなく、いつでも、ふいに、悲しみが思い出を連れてくるのだ。


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