2009-07-01

この6月最後の日に、一枚のポートレイトが届けられた。被写体の輝きはカメラマンを反射していた。カメラマンにとって、この被写体は彼のすべてだった。この写真は、まだ幼い息子がとった母親の写真であり、彼女を無限に愛する男が撮った恋人の写真だった。そのふたつを区別することに意味はない。母は恋人のようにほほえみ、恋人は母のように微笑していた。

そんな微笑みを向けられたことがあっただろうか。そんな微笑みを向けられたことがあっただろうかという問いは、はたしてぼくの愛が、あるひとに「愛されているという確信」となった、そういう瞬間があっただろうかという問いである。そのとき、その微笑みを、ぼくはぼくの過去に捜そうとした。過去に見つからなければ未来に捜すだけだとそのとき思った。

カメラを使わなくても絵画、短歌でも詩でもいい、瞬間にしかないものをひとは記録してきた。どんな手段であっても、ある瞬間を時間の流れから完全に切断するのは容易ではない。それは未来を持たないこと、ヘーゲル的世界史を否定することで、かならず間違うことである。たとえ未来に、そんな微笑みと出会ったとして、それに気づくことができるだろうか。それに気づくような感性を、それを取りだすことができる技術を、ぼくは保持してゆけるだろうか。

ぼくはたった一色で塗られた過去を持っている。それは、すべての選択を誤ってきた過去である。負債はそこにしかない。そして詩は、その負債にしかない。


2009-06-30

振り返れば、そこで目にしたものを記憶してしまうだろう。ただそれだけの理由で振り返れなかったことがある。そのときぼくは見送られていた。でもそれがいつどこで、見送っていたきみが誰だっか、もう思い出せない。思い出し方もわからない。 振り返らなかったせいだろう。

そしておそらく、ひとは「思い出せないもの」で構成されている。「思い出せない過去」によって濁り、不透明になり、形や色が与えられる。鏡に映し出され、瞳に映し出される。なぜきみの、それほど暗く深い瞳にぼくが映し出されるのか、不思議に思う。

詩は、その厳格な約束事や絶対的な規則やはっきりとした拘束によって、小説に、それに欠如した必然性をもたらそうとしている。フィクション的作品は、いっさいのレアリスムから遠く離れて、強制的な韻律と定まった形式とをそなえた芸術のうちに、恣意的なものからも見かけだけの自然な秩序からも逃れさせてくれるような手段を求めるのである。
M.ブランショ「小説と詩」『踏みはずし』

自由な表現は、不自由を求めている。どのような不自由も自分のものとすることができるということが、自由のゆいいつの証明である。自由から逃れ、自由から転落することができるという自由。詩は、小説の自由を保証するための厳密な拘束、自由の欠如そのものだった。

よって、瞳に映し出されるという拘束がもたらすのは、奪われるわたしであり、奪われることによって「初めて」与えられるわたしである。そこでは詩は、小説の求めにとことん応じている。外からの、加工としての愛撫では足りない。奪わなければならない。きみがきみであるという自由ために、自由の欠如はきみを中から犯し、破壊しなければならない。


2009-06-28
落下の快楽と、沈潜の快楽と、どちらの誘惑が深いだろうかと、夏が近づくと思う。

6月の最後の数日になって、ただぼくは、無条件すぎる7月への落下を拒むために、ただそれだけのために、「沈潜の快楽」を選ぼうとしていた。でも落下も沈潜もそこにないことを知っていた。

ぼくの快楽がぼくの手のうちにないように、彼女の快楽もぼくの手のうちにない。ぼくはどこからも去ってしまう。どこからも去ってしまうときのぼくの後姿だけが、きっと彼女を抱きながら見えてしまう。

光がすべての闇を消してしまうだろう。どんなに磨いても白くならない陶器の6月を、7月の光が一瞬にして白くしてしまう。7月から戻るのは、5年以上前に5年以上勤めていた職場で、さっそくぼくの歓迎会開催の通知がきた。

もしも6月に愛がゆるされるなら、その愛を7月に失ってもいい。ただそれだけの取引なら、ぼくにもゆるされるだろうか。そんなささやかな約束が、6月の、最後の、ゆいいつの、苦しみによる、不眠と沈潜の快楽だったと告げながら、だれも恋人ではなかった7月、光に満ちた7月を迎えるしかない。

さらば6月。恋人とともにあったたったひとりきりの、数日だけの、6月。


2009-06-25

埴谷雄高の『死霊』に三輪与志という主人公がでてきて、彼は、自分の信じていることを信じていない、というか、自分の信じていないことを信じている。自分の信じていることを信じない、という場所までは、まあニヒリズム路線でなんとか行ける、というのが私の実感なわけだが、その次はとても困難だ。<自分の信じていないことを信じる>

その困難に立ち向かってすでに20年は経った。河は淀んでしまい、もう湖だと思った。畑だと思った空間には家が建っていて、その家には畑が住んでいた。それくらいの時を経て、けっきょく中途半端で最悪の窪地に嵌っている。だれだここに落とし穴を掘ったのは。

自分の信じることを信じないひとの困難は、真意を伝えることができないという点に尽きる。「せんせいが話すと100%ウソに聞こえる……」と言われた。このセリフのなかの「せんせい」というひらがなの先生は、くずれた先生であり、揶揄によって飾られた愛称である。せんせいは、何度好きだといっても、もしかすると言えば言うほど、ウソつきなのである。

その「好き」は、私自身が信じているという理由で信じらていないわけだが、ちょうど同じ度合いで相手にも信じられていない。はたしてこれは、通じているということだろうか通じていないということだろうか。私が私自身に騙される度合いで相手が私に騙されるとき、それは騙しているのだろうか。

それからまた時が経つ。その家に住んでいた畑は、知らない家に引っ越した。それなのに同じ落とし穴の底からは同じ狭い空があるばかりで、曇りのち曇りのち雨。遠くで「せんせい」と呼ぶ声がする。


2009-06-22
折れた後だからいうが、その恋は木でできていた
でもぼくはその折れた木を抱いて、目が覚める前に眠りに落ちる
きらいなものの最後に、ひとつだけ好きなものを置いてみる
虹色の風は虹から吹くか

恋ならば服を脱ぐのではなく、影を脱ぐ必要があると詩人は言っているが、影を脱ぐとそこにはさらに薄い影が露出するだけだと詩人はつけ加えている。「影を脱ぐと、さらに薄い影となって

「わたしの気持ち」をいったい誰が知っているだろう。その詩にしたがえば、わたしを覆う虚飾をはぎとってゆくと、その下にはさらに別の虚飾が現れるという仕組みである。捜す場所が違うのだ。わたしの気持は、相手の気持ちの中を捜さなければならない。あなたが知っているということではない。わたしの気持は、あなたでできている。

海に深さはいらない。表面だけあればいいという意見を読みながら、「ビアンカ」、<見えてしまうことの悲劇>について考えてみる。初めから美しさが見えているとき、いったいだれがそこに美しいものを捜したりするだろう。私はそれを征服したいと願う。その願いが叶わぬというなら、私はそれが美しくないことを証明しなければならなくなる。美しいものに捜すことができるのは「瑕疵」だけだ。そういうわけで魅力あふれるある女性は、誘惑をはねつけるや否や、まるで罰のように何か欠陥を言いたてられることになる。そこでは、誘惑を退けることは、誘惑したくなる魅力を持つものには犯罪なのである。

ゆえに、誘っているわけではない女は、それなのに誘われてしまう男と対立する。それは、どうか憎んでほしい、おれはそれに愛で応える、と語る非対称性と似ていないだろうか。「おれはきみの友だちじゃない、きみもおれの友だちじゃない

愛とは「孤独の激しさ」であると彼は語る。相手にも同じ孤独を求める欲望であると語っている。そしてその激しい欲望を鎮静するのは、「穏やかでさりげない配慮である」。こういうことかもしれない。海に深さはいらない。表面だけあればいい。

最後に困難な課題が残されている。初めから美しさが見えているとき、あえてそこに美しさを捜す、そういう冒険の可能性だ。深さを否定された海に沈む可能性である。