誘惑的なあまりに誘惑的な書き方があるということは、きっと誘惑される人がいるのだろうし、誘惑に抵抗する人がそこに佇んでいるのだろう。誘われてもそこに場所はないのだ。場所がないということがきっと私たちを誘惑し、その誘惑に抵抗させる。
通路をまっすぐ歩くしかない高級百貨店の反対側には、人をよけながら斜めに歩く安売りスーパーがあって、その先には暗い夜ばかりが広がってときに強い風が吹いたが、何も起こらなかった。強い風が吹いているのに何も起こらないことを信じることができるだろうか。通路は斜めに歩くほうがいいと私は思う。
花は見ない。桜の花の話をしてくれる知人がいて私は幸福なのだろうが、私は、ラジオを聴かないように花を見ない。ラジオからは音楽が流れてくるからだし、花からは……花からはいったい何が流れてくるだろうか。
4月1日のテレビドラマ『SPEC』の話をちょっとだけすると、瀬文のために感覚を失った当麻の左手を瀬文が握るシーンがある。もう瀬文の手のぬくもりを感じることができないその手を、瀬文はあたたかいと告げる。与えることが失うことになるのではなく、ここでは、失うことが与えることになる。ラカンの愛の定義〈持たないものを与えること〉を思い出す。持たないものを与えることによってのみ、彼女は、それを持っていることを知るのだ。
なにか書こうと思って、冬眠から春眠への境界を眠りのなかで越えながら、そこに吉本隆明の訃報がとどき、これで戦後が終わったという、戦後がなにか考えもしない暢気な連中の大合唱を聞いたり聞かなかったりしていた。戦後は始まったばかりだし、どんな時代よりも長い戦後の終りへと道は延びている。
『共同幻想論』が私の書物だったことはないが、そこには、小林秀雄やマルクス・エンゲルスへの深い理解、柳田國男への敬愛も満々と湛えられていて、批判ではなく愛が一冊の書物に結ばれるという公理に私ははげしくうたれたのである。
しかし私の書物だったことはない、ということを告げてきたのは、本書が国家論の見かけをとった観念論批判であり、じつは恋愛論だったということを認めたくないからだった。けっして愛が世界を救うと語らないことによって語られる愛を、私もまた見ないためだった。
まるで、ともに生きた人に愛していなかったと告げるように、私の書物だったことはないと手元にある『共同幻想論』に告げるのは悲しい宿命だった。告げることができずに、そうして書物の悲しさを背負ったつもりになって過ごした年月は私の傲慢さがひきよせた最悪の思い出のひとつだった。これからやってくるものに耐える以上に、過ぎ去ったものを耐えていくしかない。
吉本隆明がどんなふうに世界を見ていたか、なぜか私にはよくわかっていて、それがまったくの見当外れだったとしてもよくわかっていて、そこから語り出される言葉の意味も、だれにも説明できないほど透明だった。そのせいで吉本の発言が誤読されるとき、私ははげしく傷ついてしまう。私を傷つけた人々を私は傷つけ返さなければならないとさえ思う。一定の距離のへだたりを確保するためにはつき合わないだけではあまりにも足りない。みんな吉本隆明のことを忘れてください。
『試行』は福岡市の草香江にあった小さな古書店が複数冊とっていたので、近くに住んでいるあいだはそこで買うことができた。引っ越してからは直接購読者になったが、もう『試行』は終わろうとしていて、終刊を告げる丁寧な葉書が届いたことを思い出す。
出発することは、生まれること死ぬことと同じように単純になる。ドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』
かつても今も、バス停に立ってもプラットフォームに立っても、どこかへ行くことはできても出発は困難だった。「きみはどこにも行けない。たとえどこに行ったとしても」と私が告げた彼女は私の前から、二度と会えない世界へと立ち去ったが、それでもどこにも行っていないと私には思われた。
そして、私の〈二度と会えない世界〉に彼女が残されていて、同じように彼女の〈二度と会えない世界〉には私が残されているかもしれないのに、私たちはもはやすれ違うことさえ許されない。
悲しみは問題ではない。なぜなら悲しくはなく寂しいだけだからだ。しかし寂しさも問題ではない。なぜならただ寂しいだけだからだ。
いま列車が出ようとするプラットホームを思い浮かべようとすると私にはふたつの駅しかないことに気づく。東海道本線の二川駅と予讃線の新居浜駅だ。そしてどっちがどっちだったのかすでに私にはわからない。見送ったのか見送られたのかもわからない。ただ見送るものを愛していた。旅立つものを愛していた。
出発とはなにか。置き手紙を残すことか。いいえ、手紙を残さないことなのです。
時計になって穿たれた日々に雨が舞っている。
風は道に落ちた紙切れを「拾おうとして要らないものだと気づいて捨てる」をくりかえしている。風には無数の手があるわけではないので、拾う手は捨てる手だし、さしだす手は振り払う手なのだ。風の手に押されたり引かれたりして私たちは自由に、理由なく、埃のように移動する。
いいえ、自由とは理由がないことではありません、無数の理由があることです。
先日から今日にかけて博多駅ビルはクリスマス以来のイルミネーションに飾られていたがその理由はついにわからなかった。わからない理由というのがきっと「無数の理由」なのである。街は変わることをやめない。「つまり、ひとは移動することをやめないのだ。」(『アンチ・オイディプス』)
埃のように移動して偶然わたしの近くに至ったひとを大切にしなければならない。埃のように移動して去ってしまった後も、そのひとの何かを留めようとしなければならない。それは手紙か。それは影か。それは香りか。それは思い出か。
触れる前に消えてしまう雪のような言葉によって切り裂かれた傷からあふれるのが思い出である。どこで消えるか教えようともせず消えてしまうものを甘く見てはいけない。雪は雨の仲間だと思う。
その日も帰り道を急いでいた。が、その日がいつだったか、そこがどこからの帰り道だったかわからない。きっとそれと同じ「わからない」を告げて切る電話の呼び出し音が鳴っている。
その手紙は、主語が省略されているとき私を語り、私は、と書き出されたときはあなたが主語だったが、あなたにだけは届くかもしれないとずっと思っていた。そのときのあなたはいったい誰だったのか。あなたの数パーセントはいまでもそのときのあなただろうか。
坂道はくだるためにあります、四角い青空はその日も雲で覆われていました。石が転がるというのは錯覚です。虫が鳴いているのは錯覚です。
解放せよ、という声で、男は、鏡に映し出された左手にすぎないのに、握りしめていた失った右手を思い切って開き、痛みを解放する。これは何の話かわからないだろうが、わからないままでいい。
思い出されるためにそれは過去でなければならず
(苦しがって咲く花も
(きっと誰かを慰める山本まこと「イマジン」
山本まことがたったひとり分の希望を支払って、たったひとり分の絶望を手に入れて詩へと旅立つとき、誰もが、そのバスを見送るため、ただそれだけのためにこの詩集を開き、この詩集を閉じなければならない。詩の無実は、いつでも詩が始まる場所で終わる……。
新しい自転車がほしいと言うために、自転車がこわれてしまったと告げる子どもに、そうなんだ、自転車がこわれたんだ、と返しながら私は歩いた。(自転車を見に行こうね)
一番最後に咲いた花が一番最初に落ちる季節が待っている。
