その日も帰り道を急いでいた。が、その日がいつだったか、そこがどこからの帰り道だったかわからない。きっとそれと同じ「わからない」を告げて切る電話の呼び出し音が鳴っている。
その手紙は、主語が省略されているとき私を語り、私は、と書き出されたときはあなたが主語だったが、あなたにだけは届くかもしれないとずっと思っていた。そのときのあなたはいったい誰だったのか。あなたの数パーセントはいまでもそのときのあなただろうか。
坂道はくだるためにあります、四角い青空はその日も雲で覆われていました。石が転がるというのは錯覚です。虫が鳴いているのは錯覚です。
解放せよ、という声で、男は、鏡に映し出された左手にすぎないのに、握りしめていた失った右手を思い切って開き、痛みを解放する。これは何の話かわからないだろうが、わからないままでいい。
思い出されるためにそれは過去でなければならず
(苦しがって咲く花も
(きっと誰かを慰める山本まこと「イマジン」
山本まことがたったひとり分の希望を支払って、たったひとり分の絶望を手に入れて詩へと旅立つとき、誰もが、そのバスを見送るため、ただそれだけのためにこの詩集を開き、この詩集を閉じなければならない。詩の無実は、いつでも詩が始まる場所で終わる……。
新しい自転車がほしいと言うために、自転車がこわれてしまったと告げる子どもに、そうなんだ、自転車がこわれたんだ、と返しながら私は歩いた。(自転車を見に行こうね)
一番最後に咲いた花が一番最初に落ちる季節が待っている。
一瞬眠りから覚めて目を開けたがすぐに眠りに戻っていった、そういう一日だった。私はてんぷら定食を食べて、やがて具合が悪くなって自分が運転する車に夢のようにゆられて家に帰り着いた。それから、一瞬起きているが浅い眠りを寝つづけている。
冬の空を見たのは初めてだった。
何もしない間に衰弱する一年であった。降るのか降らないのか、何をためらっているのかわからない降雨のように、知らない間に黒ずむ路面にして街灯を反射している。来年はこの衰弱に集中できるだろうか。落下してゆく軌跡を太いペンで結ぶことができるだろうか。
たまたま観た医療ドラマは愛に見放されて助かる患者と愛に看取られながら助からない患者の話だったが、これも人知の栄光を超えた〈神の前の平等〉をあからさまに表現するだけだった。そこではたえず、みんな不平等をこうむっているという平等によって不平等は止揚されている。
それともこのドラマは、衰弱の中に詩はないがそれでも恋愛はあると告げているのだろう。約束があればいいのだし、その約束の刻限までの永遠があれば、それだけで生きられるような気がする。恋愛とは、その死に至る保留状態にほかならない。
見知らぬ詩人から詩集が送られてくる。今年が終わろうとしている。子どもは友だちのクリスマスパーティに出かけたという話をしただろうか。友だちと遊ぶ体験は永遠である。冬の空を見たのは初めてだという話をしただろうか。初めて見る冬の空は永遠である。
秋にはもれなく11月がついてくる。バスのように遅れながら進むものを多くのものが追い越していった。すれ違ったり追い越されたりするために秋はある。
詩集が数冊贈られてきて、それも秋の属性というほかない。私はもう長いことよい詩を読みたいと思っていないことに気づく。毎日夜がくる、そのように詩と出会っていければいいと思っている。彼女が来れば恋がついてくる、夜が来れば闇がついてくる、秋が来れば11月がついてくるし詩集がついてくる。
先日、市内をクルマではしっているとき、前の妻が犬を散歩させている姿をふと見かけたが、まるで何も気づかなかったかのようにクルマはその横を走り抜けた。すれ違ったり追い越されたりするために秋はある。
3日もたってなぜクルマは停まらなかったのかと自分に問われ、誰も呼び止めなかったからだと私は答えている。もし私が私の前の妻だったら、ふと見かけた私を呼び止めはしないだろう。寒い日が呼んでいる。
■死後、わたしたちはどこへ行くと思いますか?
古代インドの思想であった輪廻転生をいかにして破壊するか、
それが仏教の中心思想だったわけですが、そこで「死後」が生まれました。
死後は、死を生に繰り込むことで死を乗り越えようとする考え方ですし、また、
生きていることは死ぬことでは完結できないという「生きる」ことの欠落を物語っているように感じられます。
生物的な死がくる前に象徴的な死がやってくると、ひとは廃人となって生きつづけます。象徴的な死よりも先に肉体の死があったとき、ひとは亡霊となって行き別れたひとの心の中で生きつづけます。これが重なることのないふたつの死です。すべての死は遅すぎるか早すぎます。
そしてひとは、ひとつだけの死では死ぬことができません。
■今回の災害のような状況において、詩や詩人はどのような立場を取るべきでしょうか。また、古川日出男や和合亮一などが行ったように、即座に創作で反応した事については、どのように思われますか?
真っ先に思い出すのは広島の被爆詩人峠三吉です。
ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
大江健三郎のヒロシマ・ノートはこの詩の引用で始まりますが、吉本隆明は以下のように大江を批判しています。
峠三吉の詩に涙を流させる力は、じつは背後にある広島の原爆投下という出来事にある。詩としてはだめな峠三吉の詩を評価しなければならなくなるのは、大江がそれを反核思想で読むほかなかったからだ。
震災という出来事の悲劇によって詩を読むしかないという拘束を詩は望むでしょうか。詩が望まぬことを望んでしまう詩人とはいったい何者でしょうか。
■持ってもいないキビダンゴを、犬、猿、雉にねだられたら、どうしますか?
愛とは持っていないものを与えることである、というラカンの定義を説明できたらいいなと思いました。
しかしそれだけの気力も時間も知識も私にはありません。
私の持たない気力と時間と知識を与えられるような愛を持ちたいと思うばかりです。
持ってもいない気力を雉に、持ってもいない知識を猿に、持ってもいない時間を犬に与えて生きてゆきます。
■空を見上げる人と、足元を見つめる人に、それぞれ声をかけるとしたら、何と言って声をかけますか?
おしゃれな質問だと思います。
『灰とダイヤモンド』という映画の中で、初めて人を殺し、
その相手を立ったまま抱きかかえるシーンがあります。
そのときカメラは足元の水たまりを映し出します。
水たまりには上空に打ちあがる花火が映し出されています。
空を見上げてしまうのがうつむく青年の宿命ではないでしょうか。
■哀しみと闇は「み」以外に何か共通していると思われますか。
闇よりもはやく夜が来て、哀しみよりもはやく朝が来るのは、
哀しみや闇に浸りつづけることを許さない何かがあるからではないでしょうか。
哀しみや闇に浸りつづけることが快楽であることをそれは知っているのです。
泣くのは涙で洗い流そうとする哀しみの否定です。
眼を閉じるのはじぶんの闇によって世界の闇を否定することです。
したがって眼を閉じて泣くことが両方を同時に否定するでしょう。
■あなたはだれですか。
死を反芻することに憑かれています。
死と直接書くことが憚られるため、しかたなく「恋愛」について語っています。
秋といえば、昨年は目がさめるのに丸々ひとつの秋を使い果たしました。
その後が冬だったのか春だったのか、思い出すこともできません。
でも忘れることができないもののほとんどは思い出すことのできないものでできています。
私を生かしているのはあなたです。
■あなたにとって文学とは何ですか?
じっさい文学の外には何もないのですが、
それが見えないのは世界が失明しているからです。
私もまた失明しています。
文学は、いまのところ、自分の失明を知ること以外に役立っていません。
■耳たぶの柔らかさは反実仮想ですか
やわらかいものには、どこか、ひとを堕落させるものがありますね。
骨の硬さも信じてはならないでしょう。
■好きな花を教えて下さい。
花といえば展望台に立って、彼女がゆっくりとこの場所をめざして登ってくるのを見ていましたが、ふと道の曲がるところで屈むと野花を手に取った、それがシロツメクサでした。
けっきょく展望台は工事中で、私たちはその坂をふたりで下ったのですが、そのシーンはまったく覚えていません。
シロツメクサを摘んだ、それだけなのです。私が先に来ていて、登ってゆく姿を見られていることをもちろん彼女は知っていたのです。もちろんそのシロツメクサは、私にその姿を見せるために彼女に摘まれることを知っていたのです。
シロツメクサがいつ咲くのか知ってしまうと、私はそのデートがあった季節を知ってしまうでしょう。季節などがあったことを知ってしまうでしょう。
それがシロツメクサについて何ひとつ知ることのできない私の理由です。
■「私は決してけちな自己表現のために、言葉を探すのではない。人々との唯一のつながりの途として言葉を探すのである。」と書いたのは谷川俊太郎ですが、何のために言葉を探しますか?
入沢康夫の「詩は表現ではない」を思い出しました。詩はコミュニケーションではないと思います。ディスコミュニケーションで人々とつながる、という意味で谷川俊太郎は語ったのでしょうか。私たちは詩などなくてもつながっています。つながりを断ち切るために詩があるのではないでしょうか。まあ、そう言いたくなります。言いたくなる心理を汲んでください。
テオ・アンゲロブロスの『永遠と一日』に、言葉を買う詩人が出てきます。彼は人々とつながりたかったのではなかった。辞書を編むためでもなかった。うたいたかったのです。新しい言葉で。
■ずっと詩を書き続ける秘訣は何ですか?
習慣ではなく反復です。
敵は習慣化かと思います。短歌や俳句だったら台所短歌、台所俳句というのが底辺を支えたりするのですが、そういう支えになってはならない、あるいは、支えられてはならない、それだけだと思います。
日記のようになるくらいなら断筆をすすめたいのですが、それは詩を崇高なものとして考えたいからです。
なぜ考えたいのでしょうか。詩は崇高なものではないからです。
私こそ、ずっと書き続ける秘訣があれば知りたいですが、書きやめる秘訣があればそっちでもいいです。
■スランプのような状態になったことはありますか?
今までで書いた一番長い手紙は225枚です。まったくスランプでした。その手紙は投函されませんでした。「そんな手紙を受け取ったらわたしは・・・」その後彼女が何を言ったのか覚えていません。
だからもっとも肝心な一部分を殺すことによってその記憶を今も生きることができているのです。
「別れられなくなってしまう」。もし彼女がそう言ったとすると、私が書いたのは別れの手紙で、私たちは卒業を機に別れようとしていたのです。でもそうは言っていないような気がします。なぜなら、私たちはつねに別れようとしていたからです。彼女を失って20年以上経ちましたが今でも別れようとしています。
これも高校時代、二番目に書いた長い手紙は100枚くらいです。スランプでした。それを書く1か月の間、私は立ち止まっていました。目的地もない歩みの途中で停止していた時間が、思い起こせばもっとも大切な時間でした。
ベケットの『モロイ』に、森の中ではまっすぐに歩いているつもりだと同じ場所をぐるぐると回ってしまうので、わざとぐるぐると回って森を抜けだそうとする試みがあります。それが意外とただしい試みではないのかと気づくのにそれから何十年もかかりました。まっすぐに生きるために、ぐるぐると同じ場所をめぐるのです。
■死にたいと思ってしまうのはどうしてなのでしょうか
いったい何だこの質問は、と一蹴してみたいものです。
主体には実現を恐れる欲望というものがあって「殺してやる」という叫びがそうです。彼が何を恐れて叫ばなければならないのかというと、それが実現してほんとうに殺してしまうことです。欲望は、実現の障害を欲望することもできるけどそれどころか、ぜったいに実現してほしくないことを欲望することだってできるのです。
これが「欲望とは、欲望の欲望である」という言葉の意味でしょうか。この「殺してやる!」を鏡に映しだして反転させると「死んでやる!」という叫びがそこに浮かび上がります。同じように恐怖の叫びです。死にたくないのです。その恐れによってこの欲望は掻き立てられます。
しかし弱々しい「死にたい」という声にあるのはそういった不可能な欲望ではなく、究極の自己愛の完成といったイメージです。絶望が描くユートピアはもっともありえない夢物語なので、そこに至る路として死が求められるのではないでしょうか。死は、すべての人に愛されることを実現する試みです。
ひとりずつ、長い人生の間に去っていった人を数えます。それらの喪失を取り返そうと私は考えます。私を去っていった彼らから、今度は私が一瞬で去る時がやってきたのです。「死にたい」は私を愛さなかった者たちへの最後の復讐です。私の死は私を愛さなかった彼らぜんいんの愛の重さと釣り合うのです。
