2009-11-06
その「十一月の坂をくだった 」という詩を読み、この詩の詠み人が「二度と帰れない砂漠に向かって涙を流した」ように、私もこの詩に向かって涙を流す。私は衰弱している。弱っている心により強く訴える作品を作るのは、優れた玄人にのみ可能なのだ。井上氏の詩はより官能的に、より通俗的に変化している。

最初の詩集を出す前から、彼はわたしの詩の最良の読者だった。それは30年も前の話のように聞こえるが、30年も前の話である。わたしの歩みはわたしの詩のあゆみだった。つまり進んでいないと語ることも、むしろ後退したと語ることもできたし、そこから数歩だけ進んだと語ることもできた。それは、詩としてのわたしが、進まなかったのだし、後退したのだし、ほんの数歩だけ進んだからだった。

一歩一歩前進して完成に近づくといった姿は「前進する体裁」を表現するポーズでしかない。誰かが(大文字の他者にきまっているが)そんなポーズを要求しているとしたらそういうポーズをとればいいという話題だが、すでに停滞もポーズでしかない。「ひきこもり」を非難する社会の健全さは暴力だし、「ひきこもり」による社会の否定は<受け身の暴力>にすぎない。

作品がわたしたちを選んでいる。それが偶然、自分の作品であったとしても。読むことで生成すると信じられている作品は、読まれる以前にそう読まれることを知っていて、わたしが読むはずであろうものは「つねに/すでに」書き込まれ、わたしを積極的に選びつづける。そして作品に、あらかじめ書き込まれている「わたしだけの傷痕」によって、作品は、まるでわたしの方がこの作品を選んだかのようにわたしを選択するのである。

最近「僕等は人生における幾つかの事柄において祈ることしかできない」というブログを知った。彼女が危険な書き手なのは、資質によって、書くものにあからさまな「傷痕」を投影するためだった。いにしえの言い方では「行間で欲望を解放している」のだ。だから高い知性とうらはらに彼女によって図らずも書きこまれたものは、なんなく読者の欲望を惹き寄せてしまう。欲望が呼び起こされるときは、それを誘っているものがあらかじめそこに書き込まれているからだし、当然その無意識の物語を抑圧しようとして書けば書くほどその傷痕は口を開く。彼女には言葉しかなかったのに、その言葉はかならず彼女以上の言葉を語りつづけた。

でもここにいるのは自分自身の表現に耐えることのできない表現者といったものではない。ただ自分の表現が招きよせてしまう他者の表現に耐えられなかったのだ。写真が救いになった。それは横滑り的な移動であり、媒体の交替にすぎないようにみえる。でも本当に救いであるなら、やはり写真によって選ばれるときだった。つまり言葉で語ったのと同じように、写真によっても「わたし以上のわたし」が表現されるときだった。

ひとの本質は<わたし以上のわたし>だし、それが耐えがたい場合は拒否するだけでいい。なぜならその拒否こそ別の<わたし以上のわたし>を選択することにほかならないからだ。

青藍山研鑽通信による詩行の引用「二度と帰れない砂漠に向かって涙を流した」の「砂漠」は詩では「沙漠」だった。この誤植によって、この引用はコピーされたものではなく手で打たれたものだとわかる(彼はただコピー&ペーストを知らないだけかもしれないが)。で、手打ちへの敬意として、わたしの詩の方を「沙漠」から「砂漠」に変更しておく。


2009-11-05
エイブラハム・リンカーンの有名な言葉に「ひとは、ほんの一瞬ならすべての人間をだますことができるし、何人かの人間ならずっとだまし通すことができる。だが、すべての人間をずっとだまし通すことはできない」というものがあるが、これは論理的に意味が両義的である。つねにだまされる人間が何人かいるということなのか、それとも、あらゆる場合において誰かしらが確実にだまされるという意味なのか。「リンカーンは実際には何を意味したのだろうか」とたずねることがおかしいとしたら、どうなるであろう。この謎を解くもっともな解決策は、リンカーン自身がその両義性に気づいていないということではないだろうか
スラヴォイ・ジジェク『厄介な主体』

「つねにだまされる人間が何人かいる」と「あらゆる場合において誰かしらが確実にだまされる」がどういう両義性なのかとても不分明で、それが翻訳のせいなのかジジェクの言い回しのせいなのかもよくわからない。きっと、だまされやすい特定のひとがいることとどんなひともどこかでだまされるという対比だ。もし前者なら、反対側にはだまされにくいひとがいるわけで「すべての人間をずっとだまし通すことはできない」。もし後者ならだまされるひとは別の局面ではだまされないひとなので、やはり「すべての人間をずっとだまし通すことはできない」。

いったい何が問題なのかというと、語ったリンカーン本人がどうせわかってないのだといった、そこでかならず持ち出される<もっともな解決策>というものが問題なのである。それは意味のレベルの立ち往生を一瞬で解決する。それは乖離しているものをつなぎ合わせ、かけ離れているものを抵抗なく縫い合わせる。考えずに済ますためにここで持ち出される解決策こそが、主人のシニフィアンと呼ばれる、霊力のように効験あらたかな何かである。

その画期的な解決策の導入は、現実に投げ込まれるときの私たちの作法をそのまま暗喩している。たとえば象徴的な言葉の世界にある「責任」とか「義務」といったものの意味を問い始めるとかならず多義性の袋小路にはまる。それで、それらを主人のシニフィアンとして難なく(仕方なく)現実的なモノとして私たちは受け入れる。その作法によって、結果的に全責任と全義務は主体のものとされてしまう。つまり、責任について何も知らないことは「責任逃れ」の言い訳になるし、それが言い訳である以上、すでに責任を負わされているわけだ。犯罪が主体の欠陥に由来するのか世界や社会の秩序の欠陥に由来するのかといった両義性を何かが隠してしまうがために、その隠している当のものによって、犯罪は主体の責任として主体にのみ罰が振り下ろされてしまうのだ。


2009-10-31

真夜中にベランダで間抜け面をさらす」など読み、つげ義春の「石を売る」など思い出していた。暗くなるころ、ぜんそくの子どもが迎えに来る話だったか、その辺で拾ってきた石を売ることには凄まじい敗北感があって、それほどの敗北感を負うことができる強靭さについて思った。子どもへのやさしさは世界へのやさしさで、それは強靭さといった過剰なものからやってくる。でなければやさしさなどただの消耗だ。

「偶発的な他者」について。これは20年間、死者として生きた隣人との不意の出会いについて書かれた記事だ。「ACCIDENTAL OTHERS」。

20年間、雪山で遭難死した夫の自分への愛に生きた女を描いたロアルト・ダールの作品がある。20年たって偶然、氷の中から夫の死体が発見される。遺書から、夫はまったく別の女性を愛していたことがわかる。死ぬ直前に情熱的な恋に落ち、妻を捨てるつもりだったのだ。ずっと生きてきた<すでに失われた愛>はその瞬間に「完全に失われる」。「喪失の喪失」(ヘーゲル)だった。
(参照:「ジジェク・ノート #4」)

「偶発的な他者」とは、まさにそこ、ふたつの喪失の間隙を生きる誰かとの出会いである。事実としての死から発見される死体としての本当の死までの20年間が意味するのは、死として生きた時間であり、無と引き換えに手に入れた生だった。すでに死んでいるのにそのことに気づかずに生きる『北斗の拳』のゴロツキどものように、あるいは小鳥を追いかけて窓から空中に飛び出すと足場がないことを指摘されるまで落下しないトムのように、「喪失の喪失」に出会うまで、事実としての最初の「喪失」に私たちは気づくことができない。


2009-10-29

ブランショがジュリアン・グラックの小説の評を書いている。なぜ小説は詩を引き寄せるのか。自由に書けなくするためだった。溢れ出る言葉をそのまま書くことを禁じるためだった。詩的形式は小説の賦活剤だった。ブランショの読みでは、グラックは小説の生き延びる道を教えていた。

しかしグラックの小説はすでに詩ではないのか。だとすれば、それこそ真の継承者は裏切り者であるという言葉どおりに、詩になることが小説の生き延びる道だと語っているのだろうか。それに、徹底的に詩的形式を借りた小説と、散文詩との違いをどう見分けるというのだろう。おそらく、けっして見分けられないその違いは決定的な違いなのだ。

散文詩とは、徹底的に詩的形式を借りた小説が、結局「生き延びることのできなかった」姿ではないかと考えてみたい。グラック以降、詩による小説の否定を、どこまでも小説の側で耐えきったものはいなかった。小説はゆるゆると小説に帰っていった。詩は形式としてのみ生き残り、その中身は息絶えてゆく小説だけで埋められていった。

聞こえてくるのは
ボクらの声が
地平を渡る欠落の形象に
ひきつけられる言葉の欠片たち
鳥は 鳥の残像に生まれ
森は 森の痕跡に宿り
まどろみが いつか
未明を夢見るように
終わらない語りを聞きながら
空に飛散する星たちの輝きに
目を凝らすのだ じっと
吉貝甚蔵「朝を待つ」部分 詩集『夏至まで』より

いい詩である。しかし詩は、いったい何に耐えているのだろう。じつは詩は、詩自身の形式に耐えられていない。そこで詩になってしまう。小説が詩に耐えられずに小説となるように、詩は詩に耐えられずに詩になってしまうのだ。

詩は、詩に敗れ去った時に出現する。それが詩の生き延びる道だろうか。そもそも形式でしかない詩と詩はたたかうことができるだろうか。詩が詩に勝利した時に出現するものはいったい何だろうか。

詩を書くことはグラックと同じ岸辺に立つことだ。小説を小説たらしめるために詩の形式を招いてそれに耐えたグラックと同じように、詩に耐えるために詩を呼び寄せなければならない。詩に耐え続けたグラックの作品が小説の生き延びる道だったように、詩に耐え続けた詩だけが、詩ならざるものとなって詩が生き延びる道を示すはずだ。


2009-10-26
木々の下には腐葉土
10月はずいぶんとおさない偽善者のように
水っぽい訴えるような目をして失うことばかり正当化させる
疲れても掠れても弧を描く
少年の空の古いコンパス
遠くの方から
明るく冷たく
秋は誘惑する

10月は……通り過ぎてしまうし、通り過ぎてしまうと他の月と同じように、何かの中に隠されてしまう。通り過ぎたものを隠すものは……健全すぎる。

そうして喪失を忘却が打ち消している。忘却がなければだれも生きられない秋さえ忘却の中に沈む。何もなかった秋を愛す。秋には骨格しかない。

外に出ると雨が降っていると気づく一日を過ごしたかった。そういえばずっと曇りのマークが並んでいたよと教えてくれる少年と一日を過ごしたかった。それで昨日の三日月は最初鮮やかだったのが、どんどんぼんやりとして見えなくなったのだ。それが最後の夜空の記憶になればいいときっと私は思うだろう。

秋には、会いたいと思って会えないひとと、会いたいと思って会って離れてしまったひとが同じ位置に置かれる。だから離れてしまったひとと会いたいと願い、会ったこともないひとと会いたいと願う願いが交錯する。ふたりは別のひとなのに、別のひとである必要がない。

秋には、死の前夜、膝に乗せ、頭をなでた一匹の犬がよみがえる。彼のすべてを記憶しているはずなのに、ひとかけらのシーンだけがいつもよみがえる。彼についての記憶は、私の記憶であるはずなのにすでに私のものではなく、彼が持っていってしまったものに属する何かなのだ。